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踊る猫の生活

acid daze are back

『吟醸掌篇 Vol.1』

読書
吟醸掌篇 vol.1

吟醸掌篇 vol.1

  • 作者: 志賀泉,山脇千史,柄澤昌幸,小沢真理子,広瀬心二郎,栗林佐知,江川盾雄,空知たゆたさ,たまご猫,山?まどか,木村千穂,有田匡,北沢錨,坂本ラドンセンター,こざさりみ,耳湯
  • 出版社/メーカー: けいこう舎
  • 発売日: 2016/05/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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地味だなあ、というのが率直な印象である。派手さはない。人をどぎつく驚かせるようなことはしない。大声を出さない。ごく控え目に、常識的に、堅実に/手堅く、こちらにその表現は訴え掛けてくる。それを「退屈」と感じるか「誠実」と感じるか。それは人それぞれだろう。私自身は本書に、決してムーヴメントに媚びない「誠実さ」を感じてしまったのだけれど……。

言うまでもないことかもしれないが、文芸誌で新人賞を受賞して華々しくデビュー出来たからといってすぐに売れっ子作家になるとは限らない。例えば笙野頼子氏のように単行本がデビューしてから何年も出せずに苦労して下積みに勤しむということもあるだろうし、本書の編集を手掛けられた栗林佐知氏のように改めて別の賞に(もちろんそれもまた「新人賞」だが)応募してデビューし直すということもあるのだろう。本書はそんな風にしてデビューしたけれど、甚だしく失礼な言い方をすれば未だ芽が出ていない作家の方が中心となって集まって編まれた文芸誌である。そのタイトルが示すように、長編の連載作品は一切載っていない。「掌篇」が集められて出来上がった一冊だ。

書き手がそれだけ練達な/ヴェテランの作家であるということが反映してのことなのかもしれないが、全体から感じられる印象は実に「渋い」。悪く言えばフレッシュではない。実験性に富んだ、ぶっ飛んだ作品は載っていない。勢いだけで書き散らしたような作品、若さを売りにしたような作品は掲載されていない。それをどう解釈するか。私は正直を言えば(ここは正直になるしかないので堪忍願いたいが)、もっとこういう小回りの効く小規模の文芸誌ならではの「実験」があっても良かったのではないかなと思わされた。本号が「Vol.1」ということなので、次号があればそういう作品が掲載される可能性もあるかもしれないのだが――。

とまあ、腐すようなことを書いてしまったがつまらない文芸誌ではない。どの作品も実に味わい深い。繰り返すが「渋い」「掌篇」が並んでいる。コラムのクオリティも高く、これはミニコミ規模の読まれ方で終わらせられるような本として扱われるのはもったいないなと思ったので憚りながらこういう駄文で紹介をしたく思った次第である。プロの登竜門を通った方の作品だけあってどれも読ませる。個人的には集中の一作としては鮮烈に印象に残ったのは志賀泉氏の「いかりのにがさ」だった。東日本大震災以後の「フクシマ」を描いた家族の肖像として、実に生々しく細部が描き込まれていて惹き込まれてしまった。

また、柄澤昌幸氏の「やすぶしん」も忘れ難い。これは私小説的な作品なのだろうか? 登場人物が小説を書きながら勤めに出ているという設定で、これもまた生活の生々しさが出ている。ややあっさりし過ぎている印象を感じなくもないのだが、人々の交流とその中に居る主人公の戸惑いが上手く描けているのではないか。この作家の名も覚えておいて損はないだろう。現実とのチューニングの狂いをテーマにした栗林佐知「海の見えない海辺の部屋」もなかなか面白い。ただ、一度読んだだけなので再読・再再読が必要だろう。読めば読むほど味わいが滲み出るような、だから「吟醸」なのかもしれないなと思った。

「ほかでは読めない作家たち」を集めたこの文芸誌は、繰り返しになるがその野心の高さにおいて、これこそ過褒かもしれないが『文学ムック たべるのがおそい』に比肩し得るものなのではないかと思う。私は栗林氏と実は Twitter 上で交流があるのでそのあたり甘くなってしまうのかな、と思うのだけれどそれを差し引いても再読・再再読を誘われる作品集になっているのではないか。と同時に、これがまあ甚だしく失礼な評価になるのだけれど、書き手たちがパッと売れっ子にならない理由でもあると思うのはやはり第一印象がデーハーではないのだ。もっとキャッチーな、現在の風俗を大胆に取り入れた(例えばスマホを印象的な小道具として登場させることに挑んだ)作品があっても良いのではないか、とも思われる。

とは言え、本書が下らないとかそんなことを書くつもりは毛頭ない。読ませていただいて実に有意義なものを体験出来たと思うし、コラムを読んでコルタサルなど読みたくなった作家も増えた。次巻は予定は未定であるというが、個人的には――栗林氏の懐事情の問題が切実らしいのだけれど――是非「Vol.2」も読んでみたいと思わされた。これからもっと渋目の作品を敢えて掲載する方向に向かうのか、それとも俊英の作品を載せてリフレッシュする方向に向かうのか。どちらにしても面白いのではないかと思う。こうした「下」からのインディペンデントな出版形態がもっと流行ることを願いつつ、この駄文を締め括りたいと思う。

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